鍼灸治療と不妊治療について論文検索をしていたら、あるニュースにぶつかりました。
「鍼治療で不妊治療の成功率は向上しない」
とても、センセーショナルですね。どんな論文から、そのような結果にたどり着いたのでしょうか?元ネタは、「Journal of American Medical Association(JAMA)」5月14日オンライン版に掲載されており、ウエスタンシドニー大学補完医学研究所が出した論文を、health day newsというところが掲載元としたニュースです。
実験の概要
平均年齢35.4歳の824人のオーストラリアとニュージーランドの女性を実治療群と対照群で半分に分けて、卵巣刺激ホルモンの投与を初回に行ってから、①いわゆるツボを狙った刺さる鍼を使い治療したのが「実治療群」。②刺さらない鍼で、ツボと異なる場所に打った対照群を、2回目の新鮮胚を使い体外受精を受ける前後の2回で比較した実験でした。
生児出生率は、実治療群で18.3%、対照群では17.8%で統計的には有意義な差は見られなかったそうです。
この研究チームを率いるスミス氏は、
①頻繁な治療をした時の詳しい研究が必要。
②鍼治療のプラセボ効果も無視できない。一部の研究では、何も治療しな治療を行わなかった場合に比べて、鍼治療を行うと妊娠率や出産率が向上する可能性も示唆されている。
とも述べていました。
またニュース記事の補足に、ノックス・ヒル大学やノースウェルヘルスの所属する専門家も不妊治療によりストレスを感じている女性にとっては、鍼治療は別の面でも利益があると述べています。それは①リラックス効果②排卵誘発剤による腹部の張りや吐き気の対処にも鍼治療が役に立つ可能性がある。と指摘しています。
刺さない鍼、偽鍼、シャム鍼
本当の鍼を使い体に刺していく治療に対し、対照実験に使われる視覚的に鍼が刺さって見える刺さない鍼を偽鍼とかシャム鍼と言います。さらに、WHOが定める361穴のツボを外すことにより、対照実験をするというものもあります。上記の実験では、両方を採用したものになります。
鍼治療にはプラセボ効果という、効果に対しての期待が効果をもたらす可能性があることも示唆されています。
刺す鍼と偽鍼の効果の差はあるのか?
実際の多くの研究で、刺す鍼と偽鍼は統計的には大きく差は出ないようです。腰痛に対する実験もあることから、視覚的な要因はそれほど大きくないことも考えられます。そして変形性膝関節症のこわばり・痛み・機能障害などの評価では、刺す鍼の方が改善の評価が高いとも言われています。
そもそも比較方法が、鍼の世界ではおかしい話なんです。
中医の古典で特に鍼の理論に述べられている黄帝内経には、九鍼という9つの鍼が紹介されています。そのうち数種類は体に刺さない鍼です。すなわち、体の表面や筋肉などに当てて行う鍼治療の方法がありました。
つまりは、偽鍼と呼ばれるものは、「刺さない鍼」の1種類にしか過ぎない。ということです。
単純に刺す治療・刺さないで当てるプラセボの効果を論じられても、同じ鍼治療であり、その効果機序の異なるので効くか効かないかの論法に繋げるのは無理くり話だと個人的には思います。
この実験から、こんな研究方法が良いと思った。
研究をするのであれば
①鍼治療
②排卵誘発剤使用
③①+②
これらを、比較すれば良かったのではないかと思います。
鍼の効果を疑問視した鍼同士の比較であるならば、体に鍼を接触させない状態のものや、皮膚に麻酔などを使い皮膚感覚を麻痺させてから行えば良いのではないか?と思います。
言いたいこと
残念ながらこの記事の日本語翻訳のものには、「体外受精での前後の鍼灸治療に出生率を高める効果が期待できない。」と書かれ、その文中には「その有効性は明らかにされていない」と述べている。どっちやねん‼︎と思わずツッコミたくなります。
何れにせよ、この文章の元になる題名には悪意があるとしか個人的には感じます。
体外受精の治療には、鍼治療の効果は期待できない。と断言する文章は、明らかなミスリードである。題名をセンセーショナルに取り扱い、その実を見ないのは大きな問題であるといわざるをえない。